波の向こうに見えるもの

2010.03.01 Monday 19:20
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     昨日の津波騒動を見ていて、かつて国策捜査で消された地震学者・島村英紀が話していたことを思い出す。島村は以前から「気象庁の津波警報は図らずもオオカ ミ少年化している」として構造的な問題を指摘している。98年5月4日沖縄九州四国本州の南岸に最大3mの津波来襲する恐れという警報がでたが実際に来た津波はわずか数センチだった。震源は石垣島南方沖 M7.7。津波で100人以上亡くなった83年の日本海中部地震と同規模。同規模地震が同場所で起きても地震断層の動きが違えば津波の高さは変わる。地震では震源からP波とS波という地震波が出る。P波が先に進みS波は遅れるが今の津波警報の仕組みではP波だけを使い計算している。S波は震源で地震断 層がどう動いたかについて大事な情報を運んでくるのだがS波を待ってからでは間に合わないからだ。

    故に地震の震源と地震の規模だけが分かった段階で考えられる最大の津波を想定し警報を出す。しかし地震断層の走り方によっては実際の津波の振幅が想定の何 百分の1にもなる。そこで島村は「津波警報のオオカミ少年化」防止のために日本列島周囲の海底に海底津波計を配置する事を説く。島村がいう海底津波計は、震源の近くで沖合にいるときの津波の高さや波形を観測する。これらのデータが分かれば発生したその津波が陸に近づくにつれてどう 震幅が大きくなるかはすでに知られているから、陸を襲う津波の正確な高さが予測できるというもの。島村は常日頃から突然の大地震による震災はともかく、地震が起きてから十数分から数時間後に襲ってくる津波の被害は適切な予測と避難があればかなりの程度 まで避けられると言っている

    島村は地震予知という学問はインチキに近いとし、東大地震研を中心としてその学問に予算を重点的に配分する今の日本の地震行政に対して常に批判をしてき た。だからある種の人らに目障りだったらしく、小泉政権時代に意味不明の犯罪で捕まってしまうという目にあったんだろう。つまり今回の「津波の危険性について過大な予測をした」として気象庁が謝罪した件をどう捉えるか。島村的見地に立って語れる人が出てくるのかどうか。今ま で同様出来る訳ない地震予知に予算を突っ込み続けるのかどうか。今回の問題は、地震学が置かれている構造的問題に関わっている。

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    消えゆくのみ

    2010.02.09 Tuesday 23:39
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       今回の石川議員への応対を見て、私は国政選挙で社民党を支持する、もしくは所属議員に投票する事は二度と無いだろうと確信した。個人的なことを言えば私が支持している数少ない政治家である保坂展人には一刻も早く離党して頂きたい。勝負を制するには腹を括る時がある。痩せても枯れても信を貫けば、いずれそれが花咲く時もある。社民党にはそれが出来ない様だ。少数になったのに精鋭になれきれない脆さ。消えるべくして消えるのだろうか?

      しかし幾ら考えても石川議員へ辞職を勧告するというのは全く理解不能だ。社民党は国家権力に虐げられたか弱き一個人なぞ守る気はないと宣言したに等しい訳であり 彼らが今後幾ら護憲を叫ぼうともそれは単なるポーズだと言う事。共産党ともども社民党は今後一切護憲政党などと名乗らないで頂きたい

      今回の社民党の態度表明に対して、私がかつてない怒りを覚えるのは、彼らが言っていた「護憲」なるものが単なるポーズであり更に与党にいるのに野党的振る舞いをして得点を稼ごうとする、そうした卑しさが合わさり、見ていて腹立たしいのである。まぁこんな党に少しの期待をしていた自分が情けないこと、この上なしだ。
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      最後の闘い

      2010.01.22 Friday 21:12
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        今から約9ヶ月ほど前の事。民主党が政権を取る前に発表した政権公約(マニフェスト)のパンフレットを私が読んで、一番のポイントだなと思った点は、『通信・放送委員会(日本版FCC)の設置』これに尽きる。もしも民主党がこれを本当に実行してくれる なら、それだけでも十分に政権交代の価値がある、それ程の値打ちものだと私は確信した。民主党が配布した政権公約には以下のように書いてある。

        『通信・放送行政を総務省から切り離し、独立性の高い独立行政委員会として通信・放送委員会(日本版FCC)を設置し、通信・放送行政を移します。これに より、国家権力を監視する役割を持つ放送局を国家権力が監督するという矛盾を解消するとともに、放送に対する国の恣意的な介入を排除します。また、技術の 進展を阻害しないよう通信・放送分野の規制部門を同じ独立行政委員会に移し、事前規制から事後規制への転換を図ります。さらに、通信・放送の融合や連携 サービスの発展による国民の利益の向上、そしてわが国の情報通信技術(ICT)産業の国際展開を図るため現行の情報通信にかかる法体系や規制のあり方な どを抜本的に見直していきます』

        通信放送行政を総務省から切り離す、日本の腐った大手メディアが立ち直る可能性を秘める極めて重要な項目だ。放送に対する国家の恣意的な介入を抑止する正にこれが大事なポイントである。最近のテレビメディアを使った自民公明政権サイドとメディアの共犯関係は目に余るものがあったが、こうした歪なまるで共産国家みたいなメディアの成れの果てを、どうにか元に正すためにも、実行に移してもらいたい項目だ。逆に言うと、真面目な、真っ当なメディア関係者なら、こ の公約があるだけで民主党寄りになる筈なのに、現状でそうはなっていないという事は遠慮していると言うのではなく、今のメディアが権力の監視機関ではなく、ただ単に既得権益の一つに成り下がっていると言う事に他ならない。

        最近になり所管の原口大臣がこの政権公約の実施を発表した。総務大臣の公式会見の席でハッキリとクロスオーナーシップを禁止するメディア集中排除原則の改正法案を出すと明言。総務省が国民の資産である電波を利用するための放送免許を直接出している現在の仕組みを壊すと言い切った。いわゆるクロスメディアの禁止法案の提出であるが、大手マスコミはこの話を一切報じていない。政権与党との癒着が終わったと思ったら今度は検察との凄まじい癒着振りを見せている大手メディアであるが、自分たちの都合の悪いニュースは殆ど報じないばかりでなく、今日の朝日新聞などは原口大臣を難癖つけて批判すると言う有様だ。原口大臣は会見で検察リーク問題に関してもマスコミと検察両方に対して苦言を呈しており、ここに来てメディアにとっては「歓迎すべからざる」人物として完全にマークされた。その宣戦布告が今日の朝日新聞や毎日新聞の紙上に踊っている。読売新聞は完全に黙殺状態であるが、その内に狼煙を上げるだろう。

        我々は政権交代で様々な既得権益がのた打ち回る様を見てきたが、最後の最後にその既得権益の大ボスであるマスコミと検察と言う怪獣の最後に立ち会っている。彼らは一丸となり、推定無罪の原則を、法の正義を、手続きを、権力監視機能を、その全てを無視、放棄して、己等の保身のためにある意味国の根幹をぶち壊す作業を毎日粛々と続けている。大手メディアは相変わらず記者クラブ制度を温存してフリーランスの記者を駆逐したりとか、事実上単なる書類上のミスを理由に政治家を逮捕するとか、検察の批判したらその人の命の心配が必要になるとか、一体どこの独裁国家だ?と疑いたくなるような話が溢れ返る今、我が国では政権交代と言う普通の政治的出来事がこんな形で試されている。
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        マサチューセッツの衝撃

        2010.01.21 Thursday 23:56
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          アメリカ上院補欠選挙@マサチューセッツでの、米民主党の敗北は衝撃的な出来事だった。民主党のシンボルであるケネディ家の後任を決める争い、民主党の基盤中の基盤の地で起きた大アップセットだ。これにより米民主党が出す法案の殆どが中道よりにシフトすることになる。この件はアメリカの今後の対外政策を占なう意味で重要な事になりそうだ。事実、健康保険の法案は一気に成立が危うくなってきている

          今回の民主党の敗因、いや共和党の勝因にはいろいろと考えられているが、私が思うに今回の勝利は草の根運動、クリスチャン・コアリションと呼ばれる狂信的宗教右派が軸となり財政赤字と増税反対という看板を掲げながらネオコン支持を掲げる彼らの新たな動きがアフガン戦線泥沼化などの状況が重なり再び台頭してきたと感じざるを得ない。アメリカで不気味に動き出すTEA PARTY運動とは、丁度一年くらい前から始まった。最初はゲリラ的な動きだったのが徐々に共和党を侵食。既に地方選挙で彼らの動きが候補者選定に影響を与えている。

          共和党右派は大統領選挙でオバマにネットで敗北した反省からTEA Party運動をネット発で巧みに仕掛けた。正体を隠しつつ財政赤字削減、増税反対というスローガンを全面に押し出し民主支持者にも食い込みはじめている

          因みにTEA PARTYとはアメリカの独立運動の転換となった事件。英国植民地政策の象徴だった過重な茶税に抗議した米国市民がボストン港に停泊中の英国船を襲い積み荷の茶箱を海に捨てた。つまり右派の連中はオバマ=当時の英政府と見立て、今が第二の独立戦争だと印象付ける。実に狡猾ややり口である。日本でも早晩、財政赤字削減、増税反対、小さな政府支持というこのTEA PARTY運動が形を変えて来る筈だ。小さな政府論は、リーマンショッック見れば瞭然だがシステム崩壊時に国家が膨大なリスクを肩代わりした段階で破綻しているんだが、時間が過ぎるとそんな事は無視される。

          このTEA PARTY運動の勝利の先にあるものは言うまでもなくブッシュジュニア時代の再来である。聖書絶対主義、仮想敵の創出、雇用のための戦争、富裕層の極限化、日本でも勝利の先には似た事が待っている。人は忘れやすく言葉の置換で簡単に騙される。自戒を込めて気をつけたい。マサチューセッツの衝撃は必ず時を経て日本にもやってくる筈だ
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          別の視点で

          2010.01.16 Saturday 13:28
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            今日は競馬予想をお休みして少し政治のことを書く。今回の小沢事件を田中派経世会vs清和会や田中金脈の流れという文脈でみるか、私のように福島県知事事件からの繋がりで検察機構の問題として捉えるかで、事件の印象は随分と違うかも知れないとネットなどでの反応を見て思うことしきりだ。

            田中派経世会の金脈と言う筋で追っている人には小沢逮捕に喝采を贈るだろうし、それはそれである程度の理解はしている。ただ私みたいに反原発の主張や、やたら利権屋が言い始めたインチキ臭い地方分権論の流れで、モノ言える知事としてその言動が光っていた佐藤栄佐久元福島県知事の言説を追っていた者には、今回の一連の検察の杜撰な捜査には腸が煮えくり返る思いしか残らない。保守系知事でありながら政府の原発政策に疑問を発し続け本当の意味でのモノ言える知事だった佐藤知事は検察の国策捜査の餌食になりその職を追われ、国の原子力政策は結果的に無批判状態で突き進み、そのままプルサーマルに突入して行く。少し嫌味な言い方をすれば、プルサーマルを実施させたのは検察のお陰だとも言える程、佐藤知事を失脚させた事は日本の原子力の歴史で考えるに、極めてその意味が大きかった。

            今回の小沢事件の発端は結果が出ず苛立っていた東京地検特捜部が功を焦り、水谷建設を突破口にして東北のゼネコン汚職を洗い出し、それを武器にして政界に突っ込むというシナリオの元に動き始めている。しかしその最初の段階で捜査は躓く。それが福島談合汚職事件だ。水谷建設幹部の証言のみに頼って突っ込んだ福島っルートでは汚職も談合も出てこなかった。メンツを保つため単なる商行為を汚職とコジツケ知事を逮捕した事から、今度は成果を得ようと長野県に猪突猛進するも、長野県知事周辺の関係者に自殺されジ・エンド。そして半分やけくそ状態で小沢に突っ込んだ。

            今回の小沢問題を違う視点で見るために佐藤栄佐久元福島県知事が書いた「知事抹殺」という本を紹介したい。私自身この本を読んでから、それまで朧気なが らチラついていた様々な点が線になった気がした。最悪の検察官僚・大鶴基成の名を明確に意識したのもこの福島事件だった。プルサーマル反対で安易な道州制導入を反対していた、本当にモノ言える保守系知事が検察のメンツの為の餌食になったあの福島県の汚職事件の時にちゃんとした検察批判を加えられなかったツケが今の事態を呼んでいるんだと思うとあの事件は、いろいろな意味で日本のターニングポイントなのかもしれない

            取調べの可視化、弁護士の立ち会い認可、代用監獄の廃止、推定無罪の徹底。志布志事件、足利事件・・・・あれだけ冤罪だと騒いでも何も変わらないのかと陰鬱な気分になる。検察やメディアはこうした「既得権益」を守りながら暴走している点も指摘しておきながら、正直全面的擁護するには気が引ける政治家なんだけど、状況が状況だけに今回は全面的に小沢一郎を支持するしかない。これ以上、国の根幹をぶっ壊す権利は検察にはないだろう、もちろんマスコミにもだ
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            さらば、就活

            2010.01.13 Wednesday 22:08
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              今から十数年前のこと。私が大学3年の時だ。丁度バブルがはじけ飛んだ。毎日、毎日山のように来ていた就職案内がピタリと来なくなったものだ。私は既に自営業屋への道まっしぐらだったのでどうでも良かったが、友人らは正に天国から地獄へと突き落とされた。卒業が決まっても就職出来ない学生が右往左往、就職浪人なる言葉が生まれたのもこの頃だった。

              90年代の前半から既に若者は好きこのんでフリーターやっている訳じゃなかったんだが何故かメディアでは、ごく一部にいた、私みたいに好きこのんでやっていた人間の声ばかりを拾い集めて意見を集約していた。それゆえに私には当時からその辺の物言い=若者が自由選択した結果フリーターをやっている、に対して猛烈な違和感がある。サービス産業に従事して20年弱になるが、この業界は常に若者と主婦にその労働を依存してきた。正社員よりも労働スキルが有るパートタイマーやバイトに頼り切ってきたのだ。それなのに彼らに対して正社員以下の待遇してしてこなかった経営者たちに、倫理や道徳なぞを偉そうに語る資格があるのか、と常に苛立っていた。

              内橋克人が著書「同時代への提言シリーズ」で地域社会の空洞化、地方商店街の過疎化に警鐘を鳴らしたのは小泉政権誕生前夜の1996年頃。その頃から「持続可能な社会」「浪費なき成長」などを循環経済論を提唱していたが、今の社会で問われている様々な経営や労働の問題は90年代に出された内橋の本におおよそ書かれている。そしてその頃から正しい処方箋は書かれていない気がする。今の私の職場には就職が決まらず大変な思いをしている学生が多い。日本企業は都合よく終身雇用を破棄しながら、その一方で新規一括採用の愚を続けているが、とにかく学生の人達はメゲズに頑張って欲しいなと願わずにはいられない。今している苦労が、必ず血となり肉となる日が来る筈だから。
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              スペアパーツ & ブロークン・ハーツ

              2009.12.15 Tuesday 02:13
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                今日は久しぶりに競馬以外の話を書きたい。自営業時代に知り合ったマクドナルドの店長さんとは、今も仕事の帰りによく立ち寄る事もあり親交があるのだが、その彼からウェンディーズについて少し気になることを聞いた。ウェンディーズの親会社はダイエーからゼンショーグループに移った。今回年内一杯でウェンディーズが全店閉鎖するというニュースが流れたが、マック店長曰く、ウェンディーズ単体で見た場合、黒字だという。ゼンショーグループとしては、今後商売として先行き不安なので黒字のうちに止めてしまえ、という事らしい。

                マスコミでは閉店特需で賑わうウェンディーズを放送していたが、やはり元自営業として気になるのは、働いている人の処遇だ。外食産業というのは基本的に少ない正社員を大量のパート・アルバイトで支えるという構図になっている。ウェンディーズも同様で正社員数は100人にも満たないがパート・アルバイトは1500人を超えているだろう。年末で閉店ということは全従業員解雇となる訳であるが、正社員はゼンショーグループの他のチェーン店に配置替えとなるらしが、パート・アルバイトはどうなるのか?私が見落としたらしく、その事がどう報じられたのか分からなかったのだが、マック店長がいうに、正社員同様、パート・アルバイトも『出来うる限り』他のチェーン店に斡旋するという。しかし全員が斡旋させるわけもなく、時給も維持できるかどうかは極めて怪しい。

                日本の外食産業はパート・アルバイト従業員に対して正社員同様の働きを求める。店舗によっては下手すれば店長などの正社員よりもその店で長年働いているパート・アルバイト店員の方が習熟していることもある。私もよく知るあるファーストフードのお店では、歴代の店長がその店最年長のパートタイムのおばさんに接客の仕方などサービスの基本を教えて貰っていたりした。こういう事は日本全国、どこでもあるだろう。しかしながら正社員とパート・アルバイトはもらえる賃金に差が出る。しかも雇用状態は極めて不安定であり、その基盤は脆弱だ。

                これは自戒を込めてであるが、日本のサービス産業はパート・アルバイトの犠牲の上で成立している。365日、24時間営業は彼ら非正社員の働きなくしては成立しえない。しかし同じ労働、下手すれば正社員よりも質の高い労働をしているにも関わらず、それに対する労働価値が不当に抑えられている。しかしメディアには経営者サイドの言い分しか乗ってこず、それに洗脳されてしまうのか、何故か消費者達はそんな経営者らの言い訳を最もらしく受け入れてしまう。自営業を廃して約1年。まぁ商売やっている時も気がついていたし、今もその世界に身を置いているので体に染み付いているが、末端の小売の世界は理不尽な力関係から抜け出せず、皆が懸命に歯を食い縛っている耐えている。

                この世の中は、スペアパーツと壊れた心が動かしている by ブルース・スプリングスティーン
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                三度、民主党に告ぐ 

                2009.11.18 Wednesday 00:43
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                  議論なしで「児童ポルノ法改正」を急ぐべきではない - 保坂展人のどこどこ日記


                  やっと清和会支配が終わったと思って喜んでいたら更なる悪夢が待っていたとは。何かの悪い冗談だろうか?何の話かといえば上にリンクを張ったことである。保坂展人ブログにあるように廃案になったと思っていた児童ポルノ禁止法がいつの間にか再始動している。この辺の動きについてはどうもこの間の篠山紀信への強制捜査との連動性を強く感じる。保坂は国会から去り、枝野は仕分け作業で手一杯と言うこの状況を見計らったかのように『規制利権屋』が蠢いているという訳だ。しかし国会議員が700人程度いてこうした思想信条表現の問題に関して機敏な人が殆どいなくて議席を失った人しか情報を発信しないと言うこの状況は一体何なのだ?議員がツイッターやろうがブログやろうがインターネット選挙活動が解禁になろうが、何の意味もないではないか

                  そもそも保坂展人は児童虐待反対の立場を議員になってから常に先頭を切って鮮明に打ち出し、亡くなった俳優の牟田悌三らと共にチャイルドホットラインなどを立ち上げて児童虐待の問題をずっと取り上げてきた政治家だ。その保坂がこの法案に反対しているのはこの法律が極めて捜査サイドの恣意的運用に寄っており児童虐待の実態とは別次元の話に飛んでいるからに他ならない。曖昧なポルノの定義、しかも実存しない二次元の話にまで拡大しているからであり、しかも単純保持だけで逮捕されるという(正体不明の相手からそうしたものをメールで添付送信されたものを持っていても捕まると言うのが法案提案者の説明だ)こんな捕まえようと思えば誰でも捕まえられる法案に賛成している人間は一体何が目的なのか。こちらとしても当然ながら、その意図を詮索したくなる。

                  しかし政権交代前夜、検察の政治介入をあれだけ喰らっても民主党の連中は彼らに本来の目的とは違う形で使用されそうな道具を与える怖さを実感してないのだろうか。官邸の記者クラブ解放問題の時、そして国会法改正案提出の際にも少し頭をよぎったが、もしもこれで児童ポルノ禁止法が成立したら、今の新政権を支持すべき理由が更に薄くなるだけだ。しかも今国会ではこの児童ポルノ禁止法の他に著作権法の改悪(非親告罪)、ダウンロード違法化の法案など、検察や警察が恣意的な捜査を幾らでも出来るようなこんな危うい法案を無抵抗に通そうとしている。一体、民主党政権は何を考えているのか?真意を知りたい。

                  しかしながら痛切に思う。ごく稀にであるが国政選挙においてたった1つの議席が議員100人分に匹敵する事がある。保坂展人の落選は正にその例だ。選挙の怖さと大事さ、改めて噛み締める。しかしこの絶望的な流れはどうなんだろう。なんか保坂展人が国会にいない隙に、共謀罪とかも通りそうな気がしてきた。実際問題として、裁判員制度も保坂が浪人中に国会を殆ど無傷で通過している。しかし保坂が落ちて石原が受かるか。8月30日に私が懸念した事が僅か3ヵ月後に表面化するとは。競馬と違い、こんな予想が当たっても全く嬉しくないし喜べない。民主党に改めて問いたい。あなたがたは、どこに向おうとしているのか?
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                  今一度、競馬的にサンクコストとは何か?を考える

                  2009.09.23 Wednesday 01:17
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                    最近話題になっている八ン場ダム建設問題。この問題を考える上で一番大事な事はサンクコストではなかろうか。この件に関しては以前競馬に絡めてエントリを挙げた事のあるので確認の意味も含めてもう一度エントリしなおしてみたい。

                    今日は競馬的視点によるサンクコストについて触れてみたい。このサンクコストとは、最近知的体系が徐々に出来つつある行動経済学の中で出てきた理論だ、以前、小柴&田中さんがダブル受賞した時のノーベル賞にて経済学部門で賞を取ったのがこの理論の提唱者であるダニエル・カールマンだ。行動経済学の師範代とも言えるカーネマンは、経済学に心理学を嵌め込み、日々の市場で人々がどのような心理に基づいて行動をするのかを研究した。その研究成果が「プロスペクト理論」といわれるモノであり、彼はこの研究でノーベル賞を受賞している。

                    さてこのサンクコストの話を書く前に、プロスペクト理論について触れておかなかればらないだろう。細々した話は端折るとして、簡単にプロスペクト理論を説明するなら「人間の心理的傾向を考慮した意思決定理論」と言えるだろう。カーネマン教授らは結論として(経済)市場において人間は、

                    1.人間は確実な結果を好む傾向が強い、

                    2.人間は利益を受ける場合はリスクを避けようとするが、損失を被る場合にはリスクを取ろうとする。

                    3.人間は時と場合により、表現の仕方によって選択を変えることがある。

                    という結論を導き出した。これが理論の大よその骨子である。元々行動経済学と言うのは従来の経済学が「人間は合理的である」という前提の上に理論展開していたのに比して、「人間は思考を節約する存在であり、自己の行動を正当化する存在でもある」という前提の上に成り立っている理論だ。

                    この「プロスペクト理論」を念頭においた上で、競馬的にサンクコストを考えるとどうなるか、本題に触れてみよう。このサンクコストを端的に言うなら「支出した費用の内、回収不可能な費用」となる。簡単に言えば「自分の財布から出ていった、2度と戻らないお金の事』それがサンクコストだ。競馬にてサンクコストをどう考えるのかで、何が変化するのかと言えば、将来の投資行動、競馬で言うなら馬券購入行動に多大な影響が出る。

                    例えばこのあるレースで1万円失うとする。そこでこの1万円を損失と考えれば→『この1万円を無駄にしたくない』と考え、何かで補填しよう、埋め合わせしようと思う→そこで次のレースでは前のレースで失った1万円を回収出来るような買い目ばかりを選択してしまう、もしくはそういう回収を得るための金額を投入してしまうという無限ループ状態に…ところがこの1万円を損失と考えなければ前のレースの損失分などは一切考慮せずに当該レースのみの回収を考えるだけで馬券購入出来るようになる。

                    これは余りにも省略した表現なので、実際は複雑な条件が絡み合うとは思うが簡単な例で言うならCSで放映している「競馬予想TV」を見るとよく分かるのではないだろうか。あの番組は最初に番組通算の回収率を出すが、そこで先週までの負けを取り返しましょう!と言うスタンスで番組自体に臨むのは、明らかに過去の損失を諦めきれない前者のパターンであり、このスタンスで臨む限り、回収率が100%になる事は遠ざかる。そこを先週までは先週まで、今週とは関係なしですよ、と考えるのが後者のパターン。結果的にこの方が最終的に回収率引き上げには近道である、という考え方がプロスペクト理論を用いて導き出される論理だ。

                    確かに現実問題として元値が掛かっているとその元値(競馬で言うなら投資金額の総計)に拘るのも当然かなと思えるが、実は元値をつぎ込んで投資資金を回収しようなどと考える方のが間違いの始まりであるのは言うまでもない。これのいい例が、この間まで煩く世間で言われていたのに今では誰も何も言わなくなった「道路公団の民営化」でして、あの際に世間で繰り広げられていた論争をこれに置き換えると少し分かりやすくなるかもしれない。

                    あの騒ぎのとき、官僚や代議士さん等の高速道路建設を推進する人が「ここで工事を止めてしまったら今までのが無駄になる」と言っていたが、この論理展開こそが、正にサンクコストに振り回されている典型的なパターンである。こういう人間の思考パターンを行動心理学では「塹壕効果」と呼んでいる。よくよく冷静になって考えれば分かるのだが、そもそも今までも元値が取れていないのに、しかも今後も元値が回収できる見込みがないにも拘らず、更に工事を続けて不採算道路を作り続ければ、回収不能金額が永遠に雪だるま式で増えていく事になるのは、誰の目にも明白なのだが、渦中にいるとそうしたまともな判断が出来なくなるのである。正に公共事業も競馬も根の部分では同じものを抱えているという事だ。さてこの様に競馬でも公共事業と同じように「塹壕効果」に惑わされてしまうと負けが増えていく事が多いと思われる(かく言う私がそうだ)つまり競馬においてサンクコストを考えると言う事は、言い換えるなら、負けた分は早く諦めろというのと同じになる。ここが割り切れるかどうかが、回収率向上への分水嶺となりそうである。

                    例えば追いかけている馬がいてその馬がナカナカ結果を出してくれない、馬券になってくれないと、どうしてもそこに「愛着」が生まれる。「愛着」は「価値」を高める。つまり追いかけていた馬で馬券を取ると金銭的なものの他に必然的に付加価値が付いてくる。すると得てしてその付加価値ばかりを追い求めていく傾向が強まるのが人間の常である。お菓子を買っていてそれに付いてくるおまけが欲しくなり、最後にはお菓子を買っても、そのお菓子は食べずにおまけばかりを集めてしまう、そんな感じではなかろうか。

                    ただそれを追い求めるのも(いや、それこそが)競馬の魅力ともいえるのだが現実的にシビアに回収率を第一義として考えるならば、投資(=馬券購入)の際には、この「愛着」こそ忌み嫌わなければならないといえるかと思う。つまり馬券において「所有効果」こそ全てのの判断を迷わせる一番の理由になるからである。

                    ここで言う、所有効果とは自分が所有する事によりそのモノに対する価値観が高まるという事象を指している。そういう傾向が強い人は思い入れや自分だけの価値に拘る余り無駄な投資(馬券)が増えていく傾向が強くなる。株で言うなら、利食いは早いのに、利益が割れている株はいつまでも塩漬けにして持っているという状況になりやすい人、という感じではなかろうか。

                    よく古物の鑑定家の人で、自分はお金を出して買わないが商品の鑑定だけする人、と言うのがいるが、それは自分が所有すると(所有したいと思うと)鑑定眼に曇りが出るからだそうである。正にそういうスタンスが所有効果と対峙する考え方で、競馬で言うなら、自分だけの予想スタイルでなく他者の予想を見る事でもう一度自分の予想を見つめ直すというのも大事になるかと思われる。

                    私風にサンクコストを競馬的に考えるとこういう感じになるが、後は日々の精進で出来うる限り試行錯誤を繰り返して精度を高めたいところだ。
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                    独り言

                    2009.09.22 Tuesday 02:20
                    0
                      記事や発言などを見ていて「アレ、この人どうしちゃったのかな?」と時折思う時がある。最近では江川紹子がそれだった。江川紹子は、ジャーナリストとして悪い筋ではない人だったと記憶しているんだが、こと死刑の問題に関してこの人の意見は感情的、叙情的過ぎて全く信用ならない、というか昔からこんな意見だったっけかなと。先週末に更新された彼女のコラムを読んでちょっと驚いた。

                      江川紹子が展開する死刑肯定論は、何をどうエクスキューズしようとも(刑務所見学、終身刑導入の撤回など)死刑を廃止したら麻原が生きてしまうからダメだとしか読み取れない。それは言い換えれば久間三千年氏(飯塚事件)の一件なぞどうでもいいと言っているのと同じであり、ある意味で私怨以外の何物でもない。冤罪事件なども取材経験あった人だと思っていたんだけど、どうしちゃったのかなぁ・・・
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