自由はこうして死ぬ、万雷の拍手を浴びながら

2009.01.06 Tuesday 02:54
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    評価:
    ジョージ・ルーカス,ジョージ・ルーカス
    20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
    ¥ 1,980
    Amazonおすすめ度:
    CGが…
    う〜〜〜ん
    S.Wを観るとき「人生」を学ぶことが、ある。
    昨年劇場で見た映画は余り多くは無かったが、その中でダントツに面白かったのは「ダークナイト」だった。あまりバットマンシリーズが好きではなかった私が事あるごとに友人に勧めたほどこの映画に心酔したのは、ヒース・レジャー演じるジョーカーの圧倒的な存在感だった。監督は90年代の名作アクション映画でロバートデニーロとアルパチーノの競演が「いろいろな形」で話題となった『ヒート』にインスパイアされて映画を構築したという事も私に垣根を低くさせ、バットマン映画に溶け込めさせた理由かもしれない。

    ダークナイトの極私的感想はもう一度DVDで見直して確認したい事があるのであとに譲るが、こうした最初見る前にハードルが高かった映画があることをきっかけにしてすんなり入っていく事が私には侭ある。それの代表例が、ジョージルーカスの代表作であるスターウォーズシリーズになる。

    個人的にエピソード3が公開されるまでは、あまりスターウォーズシリーズを真剣に見ていなかったクチであったが、この最終章だけは是非とも見ておきたかった。と言うのもカンヌで先行上映された時のルーカスのインタビューを読み、更に上映後にうるさ型の欧州の映画人がこぞってこの映画を絶賛していたからだ。それ故に私にしては珍しく公開1週目に観に行った訳であり、ビデオ屋を辞めて商品を問屋に売りさばいた際に個人的に取り置きしておきたい映画を数本弾いた際もスターウォーズシリ−ズを残したのであるが、それもこれもこのエピソード3を見たことが大きい。

    今更であるがこの作品は私が指摘するまでもなくブッシュ批判、イラク戦争批判の映画であり、もっと大袈裟に言えばスターウォーズシリーズはジョージ・ルーカス版の「地獄の黙示録」であるを私は見ている。「地獄の黙示録」は名匠フランシスフォードコッポラが監督した戦争映画の決定版。今更だが一応ストーリーをさらっておくと、舞台は1960年代末のヴェトナム。ウィラード大尉は、ジョングルの奥地で王国を築いたとされるカーツ大佐を暗殺する命令を受け、部下4人を引き連れてナング河を溯っていく。その過程でウィラードが遭遇するさまざまな戦争、そして人生の狂気。漸く目的地に到着した彼が目にしたものは…。

    コッポラが全資産を投げ打って完成させた一大映像叙事詩。この映画の撮影が凄まじかったのはメイキング映画である「ハート・オブ・ダークネス」を見てもらえば分かるが、進まぬ進行、度重なるアクシデント、撮影が進むにつれ集団ヒステリー状態と化していく現場、まぁ映画の中も外も地獄の沙汰となっている。制作途中でノイローゼ寸前になったというコッポラの執念がフィルムに刻まれている『地獄の黙示録』がヴェトナム戦争映画という範疇を超えて戦争映画、いや叙事詩として成功したのは正にこのコッポラの狂気が炸裂したからに他ならない。

    コッポラとルーカスは長い間にわたり友人関係を築いているが、ルーカスがスターウォーズの構想を考え始めたのが丁度この地獄の黙示録をコッポラが制作していた頃になる。確かに天下のスターウォーズだけに今回の最終章はかなりオブラートに包んでいるが、そもそもこのスターウォーズ最終章は、民主共和制の国家が軍事独裁の帝国主義に移行するというのがテーマとなっている。この映画で規定される悪の帝国とはブッシュ率いるアメリカとされているのが分かるのは、悪に堕ちたアナキンがオビワンに向かって言うこの言葉だ。

    「私についてこないのなら、あなたは私の敵だ」

    この台詞からブッシュが対テロ戦争のときに発した言葉を想起させるのは極めて容易だろう。概ね為政者とは物事を単純化して2択にし同時に現実に起きている大切な出来事から目を逸らさせて事象を矮小化し民衆を欺くものであるがスターウォーズの中でも同じ事が起きてくる。そう言えばつい最近どこかの国の総理大臣が同じ主旨の事を言った気もするがそれはまぁいいとして、映画の中では他にも気になる台詞が何個も出てくる。例えば映画の中で後に独裁者となるバルデバーンが議会でこう演説を打つ。

    「我々は安全で危害を受けることのない社会を作るために宇宙最初の銀河帝国となるのだ!」

    この言葉を聞いた議員らは万雷の拍手で熱狂してバルデバーンを称え上げるのだがその様子を見たパドメはこう呟く。

    「自由はこうして死ぬのね。万雷の拍手を浴びながら」

    世間ではスピルバーグとルーカスを同じ範疇で見る人が多いと思うがこの2人は映像的探究心では同じ指向かもしれないが、こと政治的、思想的な指向は違いを感じさせる。スピルバーグがややコンサバティブな思考であるのに比してルーカスはリベラリズムに軸足を置いている。最近アメリカが忘れたい戦争である「ヴェトナム戦争」を避け続け、アメリカにとって栄光の戦争であった「第2次世界大戦」を舞台にした作品ばかりを出し続けたスピルバーグの作品群を思い出してもらえばこの辺の微妙な違いは分かるだろう。しかしそのスピルバーグでさえ彼にとってリスクしかない映画である『ミュンヘン』を作るに至った経過を見るにブッシュ政権下で噴出したアメリカが内包している問題の深さを知ることとなる。

    スピルバーグの方向修正を私は否定しないけれども、ルーカスやコッポラは未だにヴェトナムに拘り、イラク戦争への疑問を提示し続けるその骨太さにどうしても想いを寄せてしまう。まぁ何も考えずに単純に見れば何て事無い人畜無害のSF映画であるスターウォーズだが、その背景にある監督の思考まで思いを馳せながら見ると、一味違う見方が出来るかなと。
    category:レビュー | by:ガイチcomments(3)trackbacks(0)

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    2019.07.30 Tuesday 02:54
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      能多提供客?一分?的?物,我??不少下来。
      我?的?品从来如此,价格最低但?量最好。
      ?个交易比淘宝上的好很多!








         
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