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デビルズ・アンド・ダスト
評価:
ブルース・スプリングスティーン
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
¥ 2,494
今年になって発表されたブルース・スプリングスティーンの最新アルバム「マジック」は、アメリカでは絶好調のセールスを記録、そして評価を受けているようだ。ただ今回のアルバムをより深く楽しむ為には、その前に出された「デビルス&ダスト」を聞いておくと更に味わえるだろう。ブルース・スプリングスティーンの代表曲の一つでもある「BORN IN THE USA」という曲は、当初マイケル・J・フォックス主演の「LIGHT OF THE DAY」という「タクシードライバー」の脚本家としても知られる映画監督ポールシュレーダーが製作した映画のサントラとして構想が練られたナンバーだった。監督のシュレーダーがスプリングスティーンが1983年に出した「ネブラスカ」という作品に触発されこの映画の脚本を書き製作に至った事からオリジナルソングをスプリングスティーンに依頼したのがキッカケだったという。当時のアメリカは、ベトナム戦争の後遺症から抜けきれず、人心は荒廃し、経済は疲弊。レーガンが取った「レーガノミクス政策」と合わさり貧困層と富裕層の格差が広がり始めていた。シュレーダー監督はそうしたアメリカの地方の閉塞感を映画にしようと狙ったわけであるが、正にスプリングスティーンの「ネブラスカ」に書かれている世界は、そうしたアメリカ社会の底辺を掬い取るようなものであった。こうした苦しむ庶民の生活を描くという手法はアメリカのフォークの伝統であり、それこそウディーガスリーの昔から貫かれている。

ただそうしたシュレーダーの狙いとは別に、いろいろな事情が重なり肝心の映画制作が遅れてしまい曲の方が先に出来上がってしまった。当時スプリングスティーンはオリジナルアルバムの製作に突入していたので、この曲をアコギバージョンからエレキバージョンに変えてアルバムに収録した。「BORN IN THE USA」という超モンスターセールを記録したアルバムのタイトル曲はこうしてが誕生した訳だ。

さてここで登場するスプリングスティーンの「ネブラスカ」というアルバムは、1980年代のアメリカロックシーンにおいて間違いなくトップ10に入るであろう一大傑作である。スプリングスティーンは70年代に「明日なき暴走」を、90年代に「ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード」と各年代ごとにアメリカロック史に残る様な作品を生み出し続けているがその中でも1番フォーク殖の強い、ウディ・ガスリーが亡霊となって蘇ったかの如くのサウンドとなった「ネブラスカ」は、彼の代表作と言っても過言ではないと思う。因みに映画が漸く製作された86年、スプリングスティーンは改めて「LIGHT OF DAY」というタイトルナンバーをこの映画のために提供している。

さて「BORN IN THE USA」と言う曲は、曲調といいタイトルといい如何にも「アメリカ万歳!」みたいな曲かと思われているかもしれないが、この詩の内容をよく聞くと、ベトナム戦争の影を落ちる不況に喘ぐアメリカの地方都市の人々の荒廃した心を書き連ねた重い、重い詩である。曲のリリース当時は丁度大統領選挙でレーガン大統領の陣営がこの曲のサビの部分を陣営のバックサウンドにして国威発揚的に使用していたが、スプリングスティーンはそれに激怒し、選挙運動にこの曲を使うなという声明を出した程だった。

ミュージシャンにはアルバムを作る際に1曲1曲搾り出すように作っていくタイプとアルバム作るために無数の曲を用意し作り上げそこから曲を絞り込んでいくタイプがある。前者のパターンでは日本だとサザンオールスターズの桑田佳祐が有名であるが、スプリングスティーンの場合は後者のパターンとして有名だ。多作家スプリングスティーンのその製作過程を味わえるのが「ヒューマンタッチ」と「ラッキータウン」という2枚同時に発売されたアルバムである。

この時スプリングスティーンは、「ヒューマンタッチ」を先に製作していたのだが、これを作り出していく中で新たな構想が生まれその精神を引き継いで間をおかずに作られたのが「ラッキータウン」かと思われる。この2枚のアルバムを聞き比べてみるとよく分かるが、前者の「ヒューマンタッチ」がメロディラインが強い優しい曲が多く、詩の内容も普遍的な物が多いのに比して次作「ラッキータウン」ではリフが前面に打ち出され、サウンドが硬質になり詩の内容も一気にソリッドな辛辣なものへと変化している。つまりこの2枚同時発売は、本来なら「ラッキータウン」のみの発売になるところだったのを敢えて試験作とも言える「ヒューマンタッチ」も同時にリリースする、しかも2枚組でなく敢えてバラで出す事により「ラッキータウン」の完成度の高さを際立たせているのだ。スプリングスティーンは、この「ラッキータウン」リリース後に「ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード」というトンでもない傑作を生み出す訳だが、その助走はこの2枚同時リリースの時から始まっていたと考えていいのではないかと思う。

そんなスプリングスティーンが昨年、21世紀になりまたしても傑作アルバムをリリースした。その助走となった作品が前作の「デビルズ・アンド・ダスト」だったと思う。「ネブラスカ」や「ザ・ゴースト・オブ・トムジョード」を彷彿とさせる様な、再びアコースティツクギターの音色を主軸にしたシンプルな構成で作られたフォークテイスト溢れるロックアルバムとなっている。詩の内容は明らかに9.11以降のアメリカ社会の変容振りを前提にしてその空気感を意識した上で「信仰と個」というテーマを打ち出し、その表現は「ザ・ゴースト」よりも更に抽象的であり、そして内省的にシフトしている。混迷するアメリカ社会の断層を映し出す生々しい空気感を包み込むアコースティックな音色で彩られている。そうした経過を経て、完全なロックンロールアルバムとして出た新作「マジック」では、前作からテーマを引き継いだもののその表現はより直接的に、ストレートになっている。前作との対比鮮やかな新譜を味わうには、この地味で抽象的でありながら深みある「デビルズ・アンド・ダスト」を聞いてからでも遅くはないだろう。
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